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『日経ウーマン』<2000年3月号> 産みたくなったとき、もはや産めなかったらどうする?

医療の発達とともに「産みどき」なんて気にしなくていい時代がくるのだろうか。卵子提供を受け、40代半ばを過ぎて2人の子どもを出産したキャリア女性とその家族に会いに米国に向かった。

ジェニファーさん(右)から卵子をもらって、実和ちゃん、賢ちゃんを出産した和実さん(左)と夫マークさん。
「ジェニファーさんに出会えて本当によかった」と夫妻は口を揃える。リベラルな米国西海岸でも、卵子提供者と提供された家族が交流するのは稀である。和実さんのオープンで前向きな性格からだろう。

近未来の家族像を予感させる、1枚の家族写真がある。
妻・和実さん(50歳)と米国人の夫・マークさん(47歳)。そして、このマシュマイヤー夫妻にとっては宝物ともいうべき二人の子ども。脇に座る女性ジェニファー・ヒュイさん(30歳)は、子どもの遺伝子上の母である。

和実さんが、ジェニファーさんから卵子をもらって実和ちゃんを出産したのは45歳の時。24個の卵子と夫の精子から12個の受精卵ができ、うち4個を移植した。この時冷凍保存してあった残りの受精卵を使い3年後、48歳で賢ちゃんを出産した。

子どもの誕生日やバーベキュー大会など、ジェニファーさんは、今でも2ヶ月に1度は同家に招かれる。叔母のような存在なのだという。

精子を冷凍保存するするスタッフ。卵子の方は、現在は受精卵の冷凍保存のみ。

子どもたちにはこの出生の事実をどう伝えるだろうか。「そうですね、最初はお伽話みたいに聞かせましょうか。あなたみたいにかわいい子どもが欲しかったから、ジェニファーさんに卵をもらって助けてもらったのよって」。隠しだてせず、時がきたらきちんと伝えるつもりだ。

42歳でマークさんと結婚するまで、和実さんは勉強やキャリアを優先してきた。名門カリフォルニア大バークレー校でMBAまで取得し、銀行のマネージャーに。その後再び心理学で学位を取り、カウンセラーに転じた。

結婚したとき夫妻は「子どもは二人でつくる」という契約書を結んだという。しかし間もなく、和実さんの不妊がわかる。年齢的にもはや、自分の卵子による出産は絶望的という診断。足かけ3年の治療を経て、和実さんは、決断する。「ならば、卵子を提供してくれる人を探そう」マークさんはといえば「あまり心配はしなかったね」と、人なつこい笑顔を見せた。「仮にだよ、ワイフが5人いたとして、それぞれに子どもがいたしても、全部自分の子どもであることに変わりはないしね」。マークさんにとっては「和実がハッピーであることが一番だった」

不妊治療専門クリニック院長:カール・ハーバート医師
サンフランシスコ周辺は、開放的な分化風土もあって、不妊治療の研究が盛ん。「受精卵を培養できる日数が3日から5日に伸び、成功率が一気に高まった」

中国系アメリカ人のジェニファーさんは、若い頃の和実さんによく似ている。和実さんと同じ大学で学んでいたことも、決め手になった。

高齢出産のため和実さんは糖尿病や高血圧を引き起こし、1日4回のインシュリン注射を余儀なくされ、入院を度重ねた。まさに命がけで実和ちゃんを産んだ直後、病院でふと思った。「この子は誰の子かしら?....。」しかし答えはすぐにみつかった。「私と一緒に帰るのだから、まぎれもなく私の子どもよね。」熱い思いがこみあげ、涙がとまらなかった。

現在は、育児中心の生活をしながら、不妊治療のカウンセリングや講演を行っている。住まいは、サンフランシスコから南へ200キロ、苺の産地サリナスにある。電気工事業を営むマークさんは、前妻との間に20代半ばの子どもがいる。しかし「子育てがこんなに素晴らしいものとは知らなかったねえ。」と、目を細めた。ところで、もしも人生をやり直せるなら、今度は早く子どもを産んでおく?こう尋ねると和美さんは一瞬の間をおいてNOと答えた。「20代、30代は全力で仕事をしたかったし、大学院にも進みたかった…。それに若い頃は子どもを産むことが怖かった、私にはお父さんがいなくて子供の育て方がわからなかったのね。でも歳をとって、少なくとも今は自分に自信がある。」

明るい絵が壁面を飾る。クリニックは、高級住宅街の一角にある。日本と違い、建物の外に看板は一切ない。

日本人の両親は、幼いときに離婚した。和実さんが8歳の時、母親が米国人と再婚し11歳で米国に渡った。「子どもにとってお父さんがとても大事」だと痛いほど感じながら育ったという。和実さんが、養子縁組やシングルマザーという選択をしなかったのは、父親不在の記憶が関係しているのかもしれない。

別れ際「アメリカ式の挨拶を」と、やさしくハグをしたマークさんの胸は厚くて温かかった。和実さんが追い求めてきた「よき夫、よき父親、かわいい子どものいる家庭の温もり」が少しわかったような気がした。

卵子提供の謝礼は1回3500ドルが相場

現在日本には、和実さんのような不妊治療を受ける選択肢がない。卵子提供、代理母、またシングル女性への精子提供などが、まだ認められていないのだ。米国でもいまだ賛否両論あるのは事実だが、インターネットの普及で、精子バンク、卵子バンクは一気に普及した。中には提供者の子宮の写真入りサイトまである。大学新聞の広告欄やスーパーの掲示板には「卵子提供者求む」といったコピーが躍る。これに応じる人は、どんな心境なのだろう。

「最初は謝礼が魅力だった。大学のボート部で資金が足りなくて。」和実さんに卵子を提供したジェニファーさんに、始めた理由を尋ねたところ、屈託ない答えが返ってきた。「でも10年間不妊治療を続けた夫婦から子どもが授かったと感動的な手紙をもらったりするうちに、素晴らしいことだと気づきました」

これまでに別々の夫婦に計9回ほど卵子を提供、誕生した子どもは、わかっているだけで米国各地やカナダに8人はいる。最初1200ドルだった謝礼は、徐々に値段が上がり、最後には5000ドルの謝礼を受け取った。相場は現在1回3500ドルほどだ。謝礼を頭金に、3年前にサンフランシスコに1軒家を買った。これを担保に去年春には2件目の家を購入。本業は、カリフォルニア州政府で社会福祉を担当している。

IFC代表/不妊治療コーディネーター 川田ゆかりさん
川田さん自身、難病指定の網膜色素変遷症であと15年ほどで失明する。「自分の病は治せないが、治せる病は治してあげたい」という思いで不妊治療に取り組んでいる。

現在、結婚を考えるボーイフレンドと暮らしている。これから先、万が一自分が不妊になってしまったら?「そのときは、卵子提供を受けるなり、養子縁組をすればいいわ」
こうした不妊治療患者を仲介するエージェンシーも、サンフランシスコ周辺だけで10社ほどある。

和実さん自身が不妊カウンセリングをする、IFC(インターナショナル・ファーティリティー・センター)では、95年の開所以来、主に日本人のカップルの不妊治療をコーディネート、40人以上の子どもが誕生した。日本から来て卵子提供を受ける場合、費用は1回約500万円、代理母で1000万円ほど。医療費、薬代、ドナーへの謝礼、カウンセリング費用、弁護士費用、渡航費・滞在費などの総額である。

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